伊豆半島ジオパークから解き明かす、高品質産地成立の秘密

ジオ農林業イメージ図
「豊かな降雨を活かした伊豆半島のジオ農林業」の概要

伊豆の歴史・文化・食などの多くは、“ジオ”(伊豆半島の成り立ちや地学的な現状)と密接に関連しています。中でも伊豆の特産である原木シイタケは、ワサビと共にジオとの関係性がとても強い農産物です。

【ジオとの関連】

フィリピン海プレートに乗った伊豆は100万年前頃に本州と衝突し、活発な噴火活動により天城山等の標高1,000m級の山脈を形成します。この山脈に海洋からの湿った風が吹き寄せて多量の地形性降雨が生じることで、半島中央部は年間雨量3,000mm近い国内有数の多雨地帯となっています。

多くの水害の歴史がある一方、山脈一帯の水源林がこの雨を受け止めて火山噴出物層に浸透させ、清らかで安定的な水温(12~13℃)の湧水を供給し続けていることがワサビ栽培の大きな恩恵となっています。伊豆では百年以上前に、この潤沢な水を利用した「畳石式」という築田を開発したことで、より良質なワサビを生産できるようになりました。

この豊富な雨はシイタケの生育にとっても最適であり、また沿岸を流れる黒潮が、半島南部に続く火山弧にぶつかって湾内に流れ込み温暖な気候をもたらし、他産地と比べシイタケの発生・生育期間(気温10°前後)が長いことも大変大きな恩恵です。

シイタケがゆっくり生育できることにより、特に冬菇(どんこ。傘の開いていない乾シイタケ)の良品が多く採れます。伊豆は全国規模の乾椎茸品評会の「農林水産大臣賞」受賞総数は126回で全国トップですが、そのうち冬菇系は79回と63%を占めています。

【産地の成立】

シイタケの人工栽培は、1741年に伊豆の石渡清助が国内で初めて行ったとされ、ワサビ栽培はその3年後、駿州へシイタケ栽培指導に赴いた板垣勘四郎が、先方から技術導入したのが始まりとされます。更に同時期、紀州から木炭製造、土佐から鰹節製造の技術導入を行う等、多くの殖産が図られていますが、これらの背景には、江戸中期に人口100万人に到達した大消費地「江戸」の誕生と、その食文化の発達(濃口醤油、にぎり鮨の誕生等)に対応し、高価値品産地の形成へと舵を切っていったという状況があります。

この頃、カツオに代表される初物食いブームが過熱し、幕府が初物禁止のお触れを3回にわたって出していますが、ワサビとシイタケもその対象となっており、庶民の嗜好により、相当に需要が高まっていたと推定されます。また、伊豆からの供給は主に廻船で行われており、幕藩体制下で整備されたメイン航路「西回り航路」上にあることで、江戸へのアクセスが容易だったことも、産地形成上の大きなメリットです。

このように伊豆では高価値品の産地が形成され、開国後はシイタケの中華圏への輸出へと繋がっていきます。国の統計によると、明治末期の乾椎茸の輸出量は約1,000tありましたが、そのうち静岡県は1/4を占め全国トップであり、伊豆がその中心地でした。 それまでの江戸の高度な需要に応え続けてきた歴史があったからこそ、開国と同時に輸出のトップランナーとなりえたと考えられます。 以降、伊豆の乾椎茸は「伊豆冬菇(イートゥドングー)」と呼ばれ、海外で高い評価を得ていくことになります。

2百年以上の歴史の中で、シイタケ産業は里山林の循環利用を続け、原木林とスギ・ヒノキ林が織り成す独特な「パッチ状里山林」を形成しました。現在、伊豆のシイタケは上述のとおり高品質品として名を馳せており、ワサビの市場取扱量は全国トップとなっています。このように、伊豆に全国トップレベルの農林業が成立していることは偶然ではなく、豊かな“ジオ”環境の上に、大きな需要によって磨かれ続けてきた、高度かつ持続可能な生産技術があるからに他なりません。

 

【伊豆原木椎茸の詳細資料】

1.高品質であること

過去に伊豆地域が受賞した「全国乾椎茸品評会」及び「全農乾椎茸品評会」の農林水産大臣賞の総数は平成27年度時点で126回、シェア24%と全国トップです。

伊豆の得意な銘柄である冬菇系部門はやはり79回と多くなっていますが、香信系も47回あり、全体的としても大変品質が高い地域です。

受賞数全国規模の乾椎茸品評会における農林水産大臣賞数

2.気象条件に恵まれていること

条件1:豊富かつコンスタントな降水量

気象庁が公開している過去30年間(1981~2010)の降水量平均値をみると、屋久島、えびの、天城山、魚梁瀬の順で多く降っています。(ただし天城山はデータ欠損により参考値扱いとなっているので、欠損がない10年間でみると第3位)直近の3年間(2012~2014)では4,850mmと全国で最も降っており、大変特殊な多雨地帯であることが分かります。

三年間降水降水量 (気象庁2012~2014平均値)

また、主な椎茸産地ごとの降水量の年間推移をみると、伊豆は他産地と比べて降雨が「豊富かつコンスタント」であることが分かります。そのメリットとして、年間通じて「ほだ木の乾燥リスクが低く、菌糸の生育に有利」であるといえますが、特に「椎茸の発生生育期間」に十分な水分供給がされることが、大きなポイントです。

年間降水量降水量の年間推移(気象庁1981~2010平均値)

条件2:穏やかな気温推移

気象庁が公開している過去30年間(1981~2010)の伊豆(松崎)の年間気温推移をみると、最高と最低気温の差は19.8℃と、他の地域と比べ少なくなっています。

この条件が椎茸栽培にとってどのような意味があるか分かり易くするために、目安として全国的に最も多く採用されている中低温菌の発生気温帯(7~20°)をこの気温推移に当てはめると、伊豆(松崎)の椎茸期間は約200日間で、他産地よりも30日(21%)以上も長いという結果になりました。実際の椎茸の収穫時期とは異なりますが、目安としてその差は明確です。

他産地よりも「椎茸が発生・生育する気温帯が長い」ことで様々な品柄がより多く採れ、また「傘が開かず成長する低気温期間も長い」ことで、より肉厚な冬菇が採れるというメリットがあります。

松崎気温推移気温の年間推移 (気象庁1981~2010平均値) ※各県中心産地に最も近い観測地データを採用

発生目安椎茸産地の発生期間比較(目安)

3.高度な技術が育まれてきたこと

例1:「伊豆伏せ方式」

伐採する原木林の3割程を残して伏込場とする伝統的な手法を「伊豆伏せ方式」と呼びます。

これは伐採地への日射により上昇気流が発生することで伏込場の通風も良くなるもので、湿潤な伊豆で成立した、実に理に適った技術です。伏込場の原木は翌年秋に伐採されますが、この3年にわたる原木林地の利用は、森林所有者との了解事項であり、原木林売買上の地域文化ともいえるものです。

伊豆伏せ
例2:「合掌式」

収穫場で行う、「合掌式」というほだ木の組み方があります。これは明治時代の椎茸栽培の第一人者、石渡秀雄氏が、通気性及び収穫時作業効率を上げるために考案されたものといわれています。現在でも全国的なスタンダードとなっている技術です。この技術が生まれる前は、ほだ木は地面にそのまま横倒しておく方法が一般的だったようです。

合掌式
例3:「パッチ状里山林」の形成

このように原木林と周辺林地(伏込場、収穫場として)を循環的に利用してきたことで、当地の里山林は独特なパッチ状を呈しています。(H26年度に「静岡県景観賞」優秀賞を受賞)

 

※関連全体イメージ

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